たまご1個で地域を変える【前編】

岡山県西粟倉村は「起業の村」として知られています。人口1300人ほど、面積の9割以上が森林におおわれた“山村”ですが、市町村の数がほぼ半減した「平成の大合併」の協議から2004年に離脱して自立の道を選ぶと、2008年には、森林資源をつかった持続可能な地域づくりを掲げた「百年の森林(もり)構想」を打ち出しました。以来、起業家らを積極的に受け入れてきた村では、人口の約20%が移住者となり、20年間で60以上の事業体が生まれました。
この村に「点々」が誕生したのは2024年6月。共同で創業したのはともに移住者で、平飼い養鶏事業を運営する合同会社セリフ代表の羽田知弘さんと、中小企業のブランディングデザインを手掛けるnottuo(ノッツォ)株式会社代表の鈴木宏平さんです。
岡山県西粟倉村の風景(提供:点々)
点々は、平飼い有精卵の養鶏事業を起点に、生産から販売までを一貫して行う新しいかたちの地域ブランド企業です。鶏舎は耕作放棄地に建てられ、地域の未利用資源を飼料にするなど、地域の資源を利用しながら環境に配慮した取り組みを進めています。
未利用資源とは、たとえば、規格外の米や精米時に出る米ぬか、農家から出る野菜くずといった農業系の廃棄物や、クラフトビール工場から出るビールの粕、醤油をつくるときに出る醤油粕、豆腐のおからなど地域の地場産業から出る副産物。これらを集めて、自分たちで混ぜて発酵させたものをニワトリに与えているといいます。
ニワトリのふんは田畑の肥やしになり、田畑で育てた米や野菜の未利用分は、再びニワトリのエサになる――規模を拡大するほど地域のごみが減り、資源が循環し、雇用が生まれる仕組みを地域で構築しよう、という野心的なプロジェクトなのです。
鶏種は純国産鶏・後藤もみじで、雄も一緒に飼育して有精卵を産む(提供:点々)
点々の卵は、自社のオンラインストアや店舗、全国のオーガニックスーパーなどで販売しているほか、今後、地域で宿泊施設や飲食施設を展開する構想も進んでいます。
羽田「点々は単なる卵のブランドではなく、集落を拠点にした地域ブランドとして展開することを意識しています。卵という定期購入性が高いものに、米や山菜、ジビエなども合わせて送るようなフォーマットができれば。そして商品を全国に届けるだけでなく、たとえば点々の商品を購入してくれた人が、僕らがつくったお店や宿に来てくれて、泊まって、帰っていく。そしてまた遊びに来てくれる――。こうした取り組みがうまくいって、全国で平買い養鶏のプレーヤーが増え、地域から地域へと広がっていく起点になれたらと考えています」
羽田さんが暮らす知社集落は20世帯40人、コンビニも自動販売機もない静かな里山です。かつては村内にも養鶏場がありましたが25年前に廃業しました。そんな場所にある自宅で羽田さんがニワトリのヒナを育て始めたのは、コロナ禍の少し前のことでした。
羽田さんが、大手木材商社を辞めて東京から西粟倉村に移住したのは2015年。木材の加工流通や商品開発などを行う西粟倉・森の学校(現・エーゼログループ)で働きながら自給自足の試みとして、まずは農業を始めました。
羽田「素人農業で野菜はあるし、お米はまわりの人たちから安く買わせてもらえる。移住してから、くくり縄の猟師もやっていたので、あとはニワトリがいたら……と思っていたんです」
それで周囲に「ニワトリをやりたいんですよね」と話していたところ、知人が2羽のヒナを譲ってくれました。
(提供:点々)
飼い始めてみると、ニワトリ飼育のおもしろさに気がつきました。ニワトリは雑食なので野菜のヘタや人間が食べない魚や肉の内臓など何でもエサになります。成長して卵を産むようになると、「適当に育てているのにスーパーで買う卵よりもうまい」と驚きました。
羽田「日常の生ゴミが減り、卵を買わなくてもすむようになって、そのうち近所の農家さんが『ニワトリにやれ』とくず米などをくれるようになりました。ふんがたまったら畑にすき込んで……とやっていると、ぐるぐるぐるぐる回っている資源の循環に気がついたんです」
豆腐工場から出るおから、漬物工場から出る白菜など、地域には捨てられる未利用資源が山のようにあります。しかも、その廃棄にはお金がかかっていました。これらの産業廃棄物を利用することで地域の資源を循環させ、経済もまわせるのでは――そう思い立ったのです。
平飼い養鶏を起点にした循環(提供:点々)
もともと「35歳までには独立したい」と考えていた羽田さんは2022年の32歳のときに退社、そして養鶏を事業として始めようと準備を始めた2023年9月ごろ、同じ集落に住むnottuo代表の鈴木さんにブランディングデザインを引き受けてもらえないか打診しました。
鈴木さんは2011年に東京から移住した、羽田さんの“兄貴分”。nottuoのビジョンは「世界一かっこいい(田舎の)デザイン会社になる。」で、香川県直島で手がけたホテルがグッドデザイン賞や世界3大デザイン賞であるドイツのiF Design Awardを受賞するなど、高い評価を受けています。
デザインは直接的に売り上げを作り出すわけではありません。でも、デザインの大切さをずっと感じていた羽田さんは、事業を起こす際には鈴木さんにかかわってもらいたいと考えていたそうです。
点々の店舗前に立つ羽田氏(左)と鈴木氏(提供:点々)
羽田「デザインは商品やサービスの価格を決めるなかですごく重要ですが、自分にはそのスキルも余力もない。雪かきも草刈りもしたことがない東京のデザイナーではなく、この集落に住んでいる鈴木さんと一緒に、世界に響き渡るようなデザインができたらおもしろいと思ったんです。自分自身は平飼いの養鶏事業に専念したいと思っていたし、鈴木さんもクライアントワークではなく、一緒に会社を立ち上げて地域をまるごとブランド化していこうと言ってくれました」
単なる養鶏事業のブランディングにとどまらず、資源循環を生み出すハブとして、この里山を未来に伝えるための会社をつくろう――こうしたビジョンのもとで点々は生まれたのです。
鶏舎は耕作放棄地に建てることにしました。地元の木材を使い、切りだしも製材も建設もすべて地元の企業や大工にお願いして「オール西粟倉」で建てました。ニワトリたちがふかふかの土の上で生活できるよう、村内の木材工場から出た製材チップを敷料にして、敷料と鶏ふんが混ざったら肥料として畑に還すことで、地域の資源を循環させる仕組みも作りました。
耕作放棄地に建てた鶏舎(提供:点々)
ニワトリの生産コストにおける飼料費は6割と言われますが、国内の多くの養鶏場では輸入飼料に依存しています。そのため、国内自給率97%といわれている卵も、飼料自給率を考慮すると自給率が12%まで下がってしまうそうです。
地域の未利用資源を飼料にする羽田さんのやり方ならば、お金を払って捨てざるを得なかった一次産業の廃棄物がすべて「宝」になります。
日本人は1人で年間320個の卵を食べる「たまご大好き国民」だと羽田さんは言います。ただ、生産背景はあまり知られていません。アニマルライツセンターの調査によると、国内でケージ飼いをされていないニワトリは、わずか1.48%。アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点からケージ飼いを禁止する国が増えるなか、日本では多くのニワトリがケージの中で育てられています。
羽田さんは、飼育密度を1坪あたり6〜7羽と低くし、自由に走り回れることで病気になりにくいニワトリを育てようと考えました。卵を産まない雄も一緒に飼い、砂浴びをしたり、止まり木で眠ったりできる環境づくりにもこだわりました。そのようにして育てたニワトリが卵を産み始めたのは2024年12月ごろ。嬉しいことながら、困ってしまったそうです。
養鶏場は製材チップが敷き詰められている(提供:点々)
羽田「販路もないまま養鶏業をスタートしたら想定よりも早く産み始めて、年末年始にかぶってしまって……。『産んでも産んでも廃棄になっちゃうんです』とSNSに書いたら、知り合いも含めて200人ぐらいが買ってくれました。首の皮1枚がつながっている間に、エンドユーザーをはじめ食料品店やレストランなどの販路が増えた、というような経験をしました」
卵を送ったらほとんどが割れていて、送り直したことも何度もありました。
羽田「そのへんのノウハウもなくて、初期には苦い思いをちゃんといっぱいしてるんですけど、つくづく人のご縁に生かされていて本当にありがたいです」
点々の卵は1個100円。一般的な卵に比べると高いものの、味が評価されてミシュランの星つきレストランに採用されたり、オーガニックスーパーなど国内の約50店舗で扱われたりと順調に販路を増やしています。
オンラインストアでは卵を使ったマヨネーズや、自分たちで捕獲した鹿肉を使ったソーセージなども販売しています。新米と出汁醤油と卵をあわせた「卵かけご飯セット」など、贈り物にしたくなるような商品もあります。
点々のオンラインストアからは新鮮な卵やジビエが購入できる
でも羽田さんは、10万羽以上飼って大量生産するケージ飼いと競争して「たまご屋さんのトップを目指しているわけではない」と明言します。
目指すのは、「1%しかない平飼い養鶏のシェアを3%まで引き上げて、クラフトビールの世界観にしていく」こと。西粟倉村は日本のどこにでもある中山間地域なので、他の多くの地域でも同様の取り組みができるはずです。点々の取り組みをきっかけに養鶏を始める人が増えてほしいと願い、まずは全国10拠点に広げることを目標にしています。
知ってもらうきっかけづくりのため、2025年はさまざまなイベントに参加しました。日本最大級のビジネスカンファレンス「ICC KYOTO 2025フード&ドリンクアワード」では2位、地域発の挑戦を表彰する「POTLUCK AWARD 2025」ではグランプリを受賞しました。
「POTLUCK AWARD」でグランプリを受賞(提供:POTLUCK)
POTLUCK:https://www.potluck-yaesu.com/
点々のタグラインは「半径1kmの風景をつくる」。羽田さんと鈴木さんが住む知社集落が半径約1キロというところからきています。
羽田「僕らに『社会を変える』とか『世界を変える』ということはできません。でも、このままいけばこの集落はなくなる可能性が高いし、耕作放棄地など使われていないものを使って産業と雇用を生んだら少しはプラスになることはわかる。いろいろな人が『それなら私たちにもできるかもね』と思えるようなコピーにしたかったのです」
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